JBCF修善寺Day1 レースレポ

スタート位置は、前から5列目ぐらい。
集団の中段ぐらいだろうか?
前々で並びたかったのだが、並び遅れてしまった。

ポイントランキング上位勢が前に並び、いざレーススタート!

昨日も記載したが、1周回8kmで獲得標高240mほどある上りと下りしかないコース。
初日は10周して、2400m~2500mアップの80kmのレースだ!

スタートと同時に、皆前々に上がろうと道路いっぱいに広がる。
そして、最初の上りまでに前に上がるために、カラーコーンを通り抜けて上がる選手もいる。
外からも被せられて、あっという間に集団の後方においやられた(~o~)

久しぶりのロードレースなので、集団の密集度が少し怖い。
そして、横に6列ぐらいのまま、コーナーを高速で下る。
ジワジワとポジションを下げてしまい、スタートしてわずか5分ぐらいで後方に下がってしまう。

右の大きいカーブで3人ぐらいが絡んで左へ飛んで行った!!!
目の前で倒れたバイクに乗り上げる選手がいてたが、無事だったのだろうか??
私はとても冷静でバイクと人の間を上手くブレーキコントロールして、後輪を滑らせながら交わすことが出来たので事無き得た☆

しかし…

そこからは地獄だった…

下った後の上り返しでは、ガンガン踏まないと遅れてしまうし、いきなり辛い…
とにかくきつい…
はっきりと覚えていないが、何度か千切れかけて、追いついて…と繰り返して何とか一周目を終えた…

そんなことぐらいしか記憶にない。
それぐらいキツかった!!!

一周目を終えた後のホームストレートの上りで、五郎さんが先頭に上がって行くのが見えた。
ホームストレートでペースが緩んだので、前の方に上がろうとしたが、皆んな考えは同じで外からかぶせられる…。
上り終えると、すぐに高速の下りとコーナーがあり、上り返し…
ズバズバ抜かれて辛い…

「パワーが全然違うんだ!俺はロードレースは走れないんだ!」

そんなネガティブな言葉しか浮かばなかった。

二周目の途中で、レース前に攣った足の指が攣り始めた…
それぐらいしか記憶にない…
とにかく、辛い…

ドリンクを飲むことすらできない…

二周目を終えて、もう千切れる寸前だった。

photo by 三井至

千切れる寸前の写真…(T_T)
前に田渕君が居たことすら知らない…それぐらい辛かった…

ホームストレートを走る時に、たくさんの声援が聞こえるが、かっこ悪くて、情けなくて、辛かった。

1月は生まれて初めて2,000km乗った。
2月も体調を崩したり、フルマラソンを走ったりしたけど、1600km乗った。
3月の初めから、少し遅いが強度も上げて行った。

でも、まったく走れない…

三周目の上りで400Wが出せなくなり、集団から千切れた…

もう泣きたくなった。

1月の2,000kmは、かなり限界に近い取り組みだった。
2月も…


頑張って信じて取り組んで来たけど、ダメでした。

「ロードレースで龍太郎のアシストをしてみたい!」
「ロードも走れるクライマーになりたい!」
そんなことを考えていましたが、全く無理でした。

うんこレベルの実力でした。
クソ雑魚でした。

ダメな時は、やはり期待してくれた人達の顔が浮かぶんです。
真っ先に浮かんだのは、Igname中畑監督でした。
「大和ならやれるよ!」って、いつも優しい笑顔で期待してくれる監督。
そして、Ignameのセレクションで走れないメンバーの顔も浮かびました。

三周目の途中まで腐っていましたが、何だか悔しくて情けなくて、このままじゃ~ダメだと思い、踏み始めました。

photo by岡元恒治


photo by FABtroni+camera Kensaku Sakai

すると、300Wが普通に出せるんです。
追いつけないけど、走れるところまで走ろうと思って、下りも上りも頑張って踏みました。

すると、前から落ちてくる人たちをパスしたり、一緒に走ったりして、6名前後のグルペットになりました。

photo by岡元恒治

グイっと上げることは出来ませんでしたが、同じ負荷で走ることは出来ました。

加納さんが「乗鞍おじさんついて来て!!」って声掛けしてくれて、頑張れました。
ありがとう加納さん!!

結局、六周したところでレースから降ろされました。

なんだろ…
この感じ…

辛い…
悲しい…
切ない…
情けない…

うぅぅ~ん…

何とも言えない、すっきりしない…
心がモヤモヤした感じで、すりガラスの世界に閉じ込められたような感覚でした。

「残りのJPTのレースに出る意味があるのかな???」と考えてしまいました。

チームからは、龍太郎とトヨカツが完走しました。
朝練をご一緒した中川さんも完走していました。

応援に来てくれていたニコが慰めてくれました。
ニコありがとう!

「兼松さんどうしたの?」と、数人に声掛けされました。
どうもこうもないです!
弱いだけです(T_T)(涙)

走り終えたメンバーからは「序盤はイージーだった」と言われた。
龍太郎もトヨカツもおっぺいも、完走したメンバーは皆口をそろえて「イージー」だと言った。

私は「ベリーハード」でした。
皆のイージーで、私は千切れおじさんだ…
絶望しかなかった。

しかし…レース後に、たくさんのアドバイスを頂いたのだ。
・前々でレース展開したら兼松さんなら大丈夫!
・兼松さんの能力なら、絶対に走り方が上手くなれば戦える!
・上げ下げが苦手なら、前々でポジション取りして、緩急を減らすしかない。
・踏むタイミングを他の選手より早めに行い、ロスを少なくする。
などなど…

失意の中、ローラーでダウンを行い、片づけを行いました。
「明日は他の選手に出走を譲ります!」と、何度言おうと思ったか…
喉まで出かかったその言葉を、何度も何度も飲み込んだ。

データはこちらっ!!

たぶんですが…集団からは30分ぐらいで千切れたと思います。

300Wのラインを引いてみました。
30分前後は、心が砕けてしまい踏み止めていますが、気持ちを切り替えてからは300W以上で走ることが出来ています。

序盤の高負荷で死んだのでしょうか??
最初の一周だけでデータを見ると、av273W(0含む)、NP342Wでした。
うう~ん…

その後、E3のレースがあり、応援しました。
最終周回手前で、富士ヒルで一緒に戦ったカセ君が20秒ほど先行して一人で逃げていた。
カッコ良かった。
頑張っている姿に、心熱くなった。
そして見事に逃げ切り優勝しました!!

彼の苦しそうな顔、満足そうな顔、仲間の顔…

果敢に挑む姿がやっぱりカッコイイ!

少し心が軽くなったのを今でも覚えています。

しかし、圧倒的敗北感の私は、決してテンションがアゲアゲになることがなく、龍太郎が手配してくれたコテージへ☆

晩御飯をガッツリ食べ、温泉に入り、たくさん話をしました。
温泉では、東京ベントスのメンバーも一緒になり、会話を行った。

貧脚の私は…脚が細いことがコンプレックスになりつつある…
そんな私は、当然ながら選手たちの足を見てしまうわけであって…
「このボリュームには勝てん!」とか、「皆脚が太いなぁ~!」とか、「ケツが凄い!」とか、いろいろ考えるのですが…

私より明らかにロード走れる若人達の中には、私と足の細さが変わらない選手も存在している。(稀だけど…)

とにかく、明日走るためにやれることをやろう!と思い、就寝しました。

ちなみに…

なぜ「明日は他の選手に出走を譲ります!」という言葉を飲み込んだか???

それは…

情けないからです。

逃げだしたみたいで嫌だったからです。

「もしかしたら??アドバイス通りに走ることができれば、もう少しマシな結果が得ることができるかもしれない!」と、自分に期待する気持ちが少しはあったからです。

2日目へ続く。

Changingman  兼松大和

2 件のコメント

  • 兼松さん

    お疲れ様です。

    今回のブログを読んで、
    「ヒルクライムレース」と「ロードレース」で必要な能力の違いについて考えさせられました。

    「ロードレース」では、インターバルの能力が特に重要?(他の選手の動きの洞察力とかコーナリングスキルとかもあると思いますが…)で、
    高い出力を一定の時間出力し続けることが重要?な「ヒルクライムレース」とは異なるところなのかなと思いました。

    ロードも早くてヒルクライムも早いカセさんはすごいですね。

    両立は茨の道だとは思いますが、頑張ってください!!

    • そうです!必要な能力が違うんですよね~(T_T)
      カセ君は、E3とかのレベルじゃないので、当たり前と言えば当たり前なんですけど、逃げることがカッコ良いですよね☆
      僕も頑張ります!!!

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