母子家庭で苦労して育ててもらったのに、母に恩返しが出来ていない大馬鹿野郎!これからは恩を返すのだ!!

意識障害があるが…
母のこの笑顔を見ることが出来て、本当に良かったと思います。

今日は…
一人暮らしの母が倒れたことによって学んだ事を…
ブログに記載することによって、一連の流れを思い出し、反省し、今後に活かすために記載するブログです。

長いですが、良ければご覧下さい。
興味のない方はスルーして下さい。
興味を持って頂けた方は、長文お付き合い下さい。

あれは…熱帯夜が続くお盆の出来事だった。
仕事帰りに69歳の母が転倒したのだ。
顔面を強く打ち、裂傷と打撲が強く、救急車で大阪で有名な脳神経外科に搬送された。
私がその事実を知ったのは、翌日の夜に母から電話があったからだ。

私は高知にキャンプに出掛けており、友人達と楽しく時を過ごしていた。
母との電話での会話は、「転倒した際の一連の流れ」と「病院では顎の傷を縫ってくれただけで何もしてくれてない!」という不満の内容だった。

病院勤務や老人ホーム勤務であるため、転倒した患者さんや利用者さんを多数見て来た経験があり、見た目の酷さには鈍感になっていた。
母から送られてきた怪我の画像を見ても、「可愛そうに…」と思うと同時に、至って冷静に「何が今後の処置として行え、今後何を心配しなければいけないのか」を端的に説明している私が居た。
早く友人達の元に戻りたいし、電話から察するに大きな問題はなさそうであった。
だから…
早く電話を終えたくて、母の気持ちに共感してあげることはほとんどなかった。

あらゆる事象に冷静であり、感情的に何かを判断することが無益であることだと訓練された冷徹さを持ち合わせた兵隊のような対応だった。。。
(今思うと、本当に愛情の薄い冷徹な人間だと大いに反省している。)

転倒してどこを打って、どこが痛んで、何が困っているのか?
現在の動作レベルを聞いて、骨折が生じている可能性を排除した。
そして、こう伝えた。
「今は痛くて辛いけど、日にち薬やから」と。
そして、もっとも怖いのが「慢性硬膜下血腫」という病気で在り、その症状を細かく説明し、その症状が出たらすぐに連絡するように伝えた。

転倒後、定期的に母と連絡を取りあった。
痛みが軽減していること、慢性硬膜下血種による脳症状が生じていないことを確認し、問題ないと判断した。

しばらく時が経ち、9月4日(火)
大きな被害をもたらした台風の日に母と連絡を取り、被害がなく無事であることをメールと電話で確認し、話を終えた。

そして、さらに時が流れて…

9月21日(金)
母の妹である叔母から、以下のメールが来た。

取り越し苦労なら良いねんけど、携帯がつながらないし、ラインも既読がつかないので心配しています。19日(水曜)の夜には話をしたけど、少し調子が悪いと言っていたので何か聞いていますか?

そして、叔母と数回メールのやり取りを行った。
「夕べ(20日)から連絡が取れなくて、普通なら仕事なんだけど…携帯を落としただけなら良いんだけど…」と。

私も叔母も、母の仕事先の連絡先を知らない…
(何で一人暮らしの母の仕事先の連絡先を聞いておかなかったのか、これも反省である。)

私は、その日は朝から仕事がバタバタで、昼からは運営会議、そして現金締めや入金などで仕事が盛り盛りだったので、仕事を終わらせて家に戻ったのが23時頃だった。
自転車通勤しているので、一度家に戻って、車で実家へ向かう。

向かっている途中に最悪の事態を考えた。
最悪の事態は、家で母が倒れて死んでいること…
特に動揺するわけでもなく、普段の癖というか習慣で、最悪の事態を想定しておいた。

そして、母のマンションに0時に到着する。
玄関のドアがドアストッパーで開いた状態であった。
しかし、内側に取り付けた玄関網戸が締まっていた。

見た瞬間に母が、家の中にいることが分かった。

玄関のドアのカギは持っているのだが、内側に取り付けた網戸は外からは鍵を掛けれない…
私が網戸を取り付けたので、構造は何となく覚えている。

室内の電灯は消えている。
インターフォンを押すも、無反応…

新聞入れの隙間から中を覗いて、大声で叫ぶ!!

しかし…無反応…

そして…

強い尿臭がする…

中で倒れている…

死んでいるかもしれない…

管理人が滞在しているマンションなので、0時を回っていたが、管理人さんを起こして、工具一式を借りる。
網戸のネジを外して、取り付けた時のことを思い出して外そうとするも外れない。
内側の留め具で引っ掛けている部分が外れないのだ。

仕方がない…

119番を鳴らしてレスキュー隊を依頼した。
母が室内で倒れている可能性が高いことを説明し、ドアを壊してもらうように伝え、最悪亡くなっている可能性があることも伝えた。

すぐに、消防車2台、救急車1台、パトカー2台が来て、マンションの周りがサイレンで騒がしくなり、無機質なマンションが赤色灯で赤く彩られた。
いったい何人の方が来てくれたのだろう…
おそらく、15人ぐらいだろうか…

母の家は10階なのだが、11階の方のベランダから10階に降りてもらい、ベランダから入れないか確認したり…
全ての窓をチェックして回ったり、網戸を壊さないように外そうとしてくれたり…
本当に感謝しかない!

ドアを壊してもらって良いことを伝えているのだが、できるだけダメージが少ないように最大限配慮してくれていることがわかった。

そして、全ての窓が締まっていることが分かり、結局玄関の網戸を壊すことになった。

ドアが取り除かれたと同時に隊員が中に入っていく。

玄関外から中を見る私…

明らかに、隊員達が母が寝ているだろう場所を見ている。

「中に入っていいですか?」と、玄関外の隊員に尋ねた。
「どうぞ。」と言われ、恐る恐る母の元へ向かった。

仰向けに倒れている母がいる。

隊員が声掛けをしている。

しかし、母は反応していないようだ…

両手は腕を組んでいるようにこわばって曲がっており、脚は真っ直ぐ伸びて硬直しているように見えた。
隊員が何かしていたが、気にせず母のもとに寄り、すぐに脈を触った!!

脈がしっかりと触れている。
意識はないが、自発呼吸している。
「生きている!」と私が声に出して言うと、救急隊員さんが「生きています!」と返答してくれた。

この時だけは、少し理性を失っていたように思う。

それ以降は、職業病というべきか…
何が原因でこのようになっているのか、すぐに考えてしまう。
至って冷静に、よく見る家族のパニック状態なんて微塵も生じない私がいた。
倒れている母を前にしても、冷静に評価している自分が冷徹に感じ、それが辛かった。
泣き叫んだり、わめいたり、感情が揺れ動かないことが、人間味の無い生物に感じた。

ここからは、隊員の行動を観察する。
痛み刺激に対し、わずかに四肢が動くので逃避反応らしい動きがある。
JCSⅢ-200だ!(専門用語ですみません。意識の覚醒レベルの評価方法です。)
瞳孔反射を見ているが、瞳孔不同がありそうだ。
四肢の麻痺はこの状況ではわからないが、バビンスキー反射はなさそうであり、四肢の緊張が高いので、脳血管障害であることは間違いないと思った。

くも膜下出血か?脳幹の病変か?などと考えていた。

そして、救急車へ向かう。
玄関先に様子を見に来てくれていた、お隣さん、管理人さん、オーナーさん、ご近所の方達に何度も夜更けにご迷惑をおかけしたことを謝罪し、救急車に乗り込んだ。

隊員さんが、救急搬送先を探すが、断られてばかり…
どれぐらい救急車の中で座っていたのだろう。
夜中の1時に、脳血管障害のオペ対応ができる病院は少ないのだろう…

新人隊員らしい男前の若人が、先輩の指示を受けて脳障害を評価するテストをたくさん行っている。
医療人でなければ何をしているのか分からないだろうが、様々なテストを実験的に行っており、学生の頃や新人理学療法士の頃に熟読した「神経の診かた」を思い出しながら、隊員の検査を黙って見学していた。

そして、とある病院が受け入れてくれることとなった。

母の家を出る際に、母の貴重品と思われるものをとりあえずカバンに詰め込み、出て来た。
その中に保険証があり、事務手続きを行う。

すぐにCTを取り、原因が特定された。

慢性硬膜下血腫…

もっとも注意すべき!と母に説明して、自分自身も定期に連絡を取り状態をチェックしていた病気だ…

画像を見て驚いた!
血腫が大きくなり、脳の真ん中のラインや脳室が大きくズレている。
脳が血腫によって圧迫され、脳が右に寄せられ、脳のしわがなくなっている。
意識を消失するぐらいに、脳が圧迫されているのだ…

白くボンヤリしているのが血腫であり、画像の右側から左側へ脳が圧迫されています。
圧迫が強くて、脳のシワが無くなっているのが、分かると思います。

教科書の見本として使用されるかなり大きい血腫だった。。。

正常の脳画像はこちらです!


CTじゃないけど!正常の脳との比較はできるのでOKでしょう!w

すぐに手術の同意書を記載し、たくさんの入院の手続きの書類を記載した。
緊急呼び出しで、他の医師が到着するのに40分ほどかかるようで、それまでに入院の説明を受けた。
そして、オペが執り行われた。

慢性硬膜下血腫は、急激に脳が圧迫されるわけではなく、じわりじわりと時間をかけて圧迫されるので、脳神経が死滅しにくい。
だから、脳血管障害としては予後が良好とされている病気だが…
意識を消失して、瞳孔不同が生じるレベルまで脳が圧迫されているので、どこまで元の状態に脳神経が復活してくれるのかは経過を観ないと分からない。
そして、圧迫が強いので、血腫を取り除いた時に、母の脳血管が脆いと脳出血を起こしたりするリスクもある。

教科書で習ったことや、臨床で経験したことがリアルに実母で生じていた。

時間を持て余す。
オペの間にすることが無いのだ…
携帯の充電もしていなかったので、残量が少ない…

母の携帯を見て、職場の上司や友人に連絡しようとしたが、アイフォンのパスワードが分からない…
数回間違って、ロック時間が長くなる。
不安になって、自分の携帯でアイフォンのロック解除を調べると、間違い続けるとデータが消去されるらしい…
回数も決まっている…

考えられるパスワードを適当に入れるのを止めた。

私は、誰一人として母の友人や職場の連絡先を知らなかった。
アイフォンのパスワードを知らない時点で、母の意識が戻り脳がクリアな状態にならなければ連絡を取る手段が何もないことに気づかされた…

情けない…
一人暮らしの母は、本当に1人だった。
いつでも誰かに頼れる状態ではなかった。

そして、頼らせてあげる行動を取れていなかった。

気分転換に外に出たら、雨だった。
母が泣いているような気になった。
慢性硬膜下血腫の症状など、病態を知っているのに、守ってあげることが出来なかったのが情けなかった。

セブンイレブンがあり、夜食をとることにした。


こんな状況でもお腹が減るのだ。

ただ、待つだけの時間が流れた。

奇跡を信じる!とかそんな思考は全く起きない。
極めて現実的な思考だった。

慢性硬膜下血腫の手術は、決して難易度が高いわけではない。
まず間違いなく成功する手術だ。
手術が成功した後に、どれだけ回復するか?それは誰にも分からない。
母の命の力にかかっているだけ。

手術は成功して死ぬことがないので、どんな状態で生きることができるのか?を考えていた。
手足の麻痺などは生じないであろうし、あっても極めて軽度だろう。
問題は、高次脳機能障害だ。

一般的な慢性硬膜下血腫であれば、大半が問題なく元に戻る。
果たして、母はどうか????
やはり、考えても誰にも分からない。

記憶障害や注意障害、そして行動障害がどれだけ残るのか???
そんなことを考えていた。

今深く考えても仕方がないので、仕事の段取りなどを考えていた。

そして、無事に手術が終わり、医師から説明を受けた。
とても分かり易く信頼できると思える説明であった。
オペの技術がどうかなど分かる余地もない。
先生の表情やしぐさ、説明の仕方と内容が客観的で論理的かどうかだけで判断することしか出来ない。
客観的で論理的な先生なら「きっとオペも上手いし、今後の管理も適切に行ってくれる良い先生だろう!」と、希望的観測をすることしか患者と家族には出来ないのだ!

だから、見た目の清潔さ、話の上手さ、説明の仕方などが重要なのだ。
この点が優れていると、患者家族は信頼してくれるのだ。
対人関係能力の優れた人が、良い医師・看護師・リハビリの先生と評価されがちだ!
というか、それしか評価しようがないから!(笑)

いかん!話が逸れた!(+o+)

血腫を取り除いて頂いた後の画像です。


脳のシワが少し出ているのが分かると思います。
血腫による圧迫が取り除かれたのだ。

母はHCUに入院した。

「お母さんに面会しますか?」と聞かれ、「はい」と返事した。
面会しても、母は眠っているだけなのは知っていたのだが、流れに身を任せて面会させて頂いた。
看護師さんが付き添ってくれて、面会させてもらった。

ほんの少し母を見て「ありがとうございました。では、必要な物を持ってきます!」と言って立ち去ろうとすると、「もっと居て頂いて大丈夫ですよ。」と優しく看護師さんが声掛けしてくれた。
「ありがとうございます。大丈夫です。」と言って立ち去った。
きっと冷たい息子だと思ったのだろう。
なんで手を握ったり、頭をなでて声掛けしないのだろう?と思われたかもしれない。
しかし、意味のないことのように思えて、そのような行動を私は取らなかった。

母の意識が戻り、生活できるようになった時に「どのようにしたら母の残りの人生を豊かにすることが出来るのか?」しか考えていなかった。

今は、病院の先生と看護師さんなどの医療スタッフさんに全てを任せて良いのだ。
その後が私の出番なのだから!

病院から帰ろうにも、帰る手段がない…
バスもない。
タクシーもない。
駅まで徒歩40分ぐらいか?
そして、駅から実家まで50分…

朝の5時ジャストの不便さを思い知った。。。

タクシー会社に4社掛けたが、どれも無理だった。
この時間は、配車手配が難しいらしい。
そりゃ~そうだわ!w

病院から出て、駅の方に向かっているとガラガラの道路に一台のタクシーが来たのだ!
奇跡だと思い、思いっきり手を振ったら止まってくれた!
奇跡だ!!!

母が助かったことは奇跡と思わない人間が、タクシーが止まってくれたことを奇跡だと思う思考が可笑しくて仕方なかった。
1人で笑ってしまった。
そして、タクシーで実家に到着する。

入院生活に必要な物品を探そうと部屋に入ると、かなり尿臭が強い。

とりあえず、全ての窓を開放した。

そして、汚れた衣類などを集め、シーツを取り、布団を干した。

約2日間仰向けて意識を失って倒れていた母…
その状態で失禁し、背部には褥瘡が出来ていたそうだ…

敷布団を通り越して、畳まで尿が染み込んでいた…

全ての窓を開放しているのに、倒れていた付近の汚染物は全てベランダに干したり、袋に入れているのに、尿臭が消えない…
畳だと思って、畳を水で拭いたり、水を染み込ませたりしたのだが、尿臭は消えなかった。

汚れた衣類やシーツなどを洗濯しようと、洗濯機へ向かうと尿臭がかなりきつくなった…
何故か分からなかったが、洗濯を回そうと洗濯機の中をのぞいたら、衣類が入ってあった。

涙が…

涙がボロボロとこぼれた。

洗濯機の中に入っている衣類は、下着とズボン数枚とTシャツ1枚だった…
洗濯機の中に入ってある全ての衣類が強い尿臭を放っており、全て乾燥してパリパリだった。

母は…数日前から脳の圧迫による症状の一つの排尿障害が生じており、失禁していたのだ…
テーブルの上に薬袋があり、その薬を調べると排尿障害に対する薬であり、病院外来を数日前に受診していた…

おしっこのことだから、私に相談しなかったのだ…

本当に何もしてあげることが出来ていなかったと思うと、情けなくて辛かった…

何のための医療人か!?
もっと寄り添って話を聞いてあげたり「頭打ったんだから、念のため病院に行って写真撮ってもらった方が良いよ!」と一言優しく言ってあげることが出来れば、こんな事態にはならなかった。
変に知識があり、この病気ならこの症状…と分かっているため、安易に病院に行っても仕方がない!と常々言って来た…

大馬鹿野郎だ…

泣きながら洗濯して、簡単に片づけを行い、職場へ向かった。
職場に向かう車の中で、ずっと泣いていた。

親不孝者だ…

そして、母が倒れたことで私の生活スタイルが当然変わり…

今は、母の意識が戻り、幸運にも運動障害は全くなく、高次脳機能障害だけが残っている状態です。

以下は、Twitterを貼り付けます!


久しぶりに長い時間寝ないで活動した。
意外に覚醒状態を保てたことに驚いた。

https://twitter.com/Changingman_TGR/status/1043774354952052738
階段から落ちて、前を下っていた叔母が支えてくれた!w
叔母にアタックして、怪我でもさせたら大変だった!
睡眠時間って大切☆(笑)


畳は重い…


現在は、マンションを売ることにして、新しい住まいを探しています。
私の家の近くか、私の職場の近くかなっ!?


こんなバタバタしてるのに、自転車に乗ろうとする…
この点も、大馬鹿野郎なのではないかと思う!(^^)!w


急いで向かったけど、かなり長時間待った…
病院あるあるだけど、母を救ってもらったので、とても寛大になった私っ!
誰かが助かるなら、待たせてもらいますともっ☆

そんなこんなの「母子家庭で苦労して育ててもらったのに、母に恩返しが出来ていない大馬鹿野郎!これからは恩を返すのだ!!」ブログでした。

ご高齢の父や母が1人で住んでいるのであれば、以下の点は確認しておいた方が良いと思います。

・交友関係を把握し連絡先を聞いておく。
・職場の連絡先などを聞いておく。
・携帯番号の暗証番号を聞いておく。
・携帯のデータのバックアップを取っておく。
・重要な書類(健康保険証、印鑑、通帳、保険証券など)の保管場所を聞いておく。

こんな感じかな?

それと…
どうしても実の親であれば、話が長かったりしたら面倒に感じるかもしれませんが…
やはり話を聞いてあげたり、共感してあげることは大切だと思います。
これだけで親孝行ではないでしょうか?

普段の安否を確認することを含めて、定期的に連絡を取ることは大切だと思います。

そして…
どのような形で死んで行きたいのか?告知は望むのか?葬儀はどうしたいのか?なども、併せて聞いておかれる方が良いでしょう。

以上です。
有事の際には、役立つと思います。

それでは皆さん、後悔しないように、しっかりと楽しく生きて行きましょう☆

長文お付き合いありがとうございました。

10月末に太魯閣ヒルクライム!
11月中旬にツールド沖縄!!
苦しいレースだろうな…自転車に乗る量が圧倒的に低下したからなぁ~。
CTLが80まで下がったから、長距離レースは厳しおます!
考えても仕方がないし、言い訳しても何も変わらないので、やれる事をやって挑みます!!
せっかくなので大いに楽しみまーす☆

Changingman 兼松大和

6 件のコメント

  • 車でも登って行くのが大変な激坂を自転車で、簡単に登って行くそんな強者を産んだ兼松大和さんのお母さま!
    そんなお母さまは、兼松さんが思っている以上に不思議で豊かな力をお持ちだと思います。
    だから、これからも益々、力強く生きていかれます!
    だから、これからも益々、恩返しが出来ます!
    だから、これからも益々、お母さまを大切に出来ます!

    • 熱いメッセージを頂きありがとうございます。
      これから益々!!!!ですねっ☆
      行動して行きます!!!
      ありがとうございました。

  • twitterで勝手にフォローさせていただいております。

    3年半ほど前、私の母親も同じようなことになりました。
    転倒して腰が痛いというので、家内について行ってもらい受診しました。
    先生との受け答えがかみ合わず、「頭打ってないか?」と急きょMRIをとると、まさにお母様と同じような状態でした。
    その日のうちに緊急手術となり、1か月弱入院しました。

    私もchangingmanさんと同じで深く後悔しました。今回、ブログを拝見させていただいて、もう一度親孝行しようとその時の気持ちを思い出しました。

    お母様の1日も早い快癒をお祈りしております。

    自転車も頑張ってください。
    私は貧脚週末サイクリストですので、お見かけしたら遠目に応援しておきます。
    葡萄坂を押して上がってるのは私かもしれません…

    下手くそな文章で申し訳ありません。

    • コメントありがとうございます。
      Tomoさんのお母様も私の母と同じような状況だったのですね。
      その時は大変だっただろうとお察し致します。
      是非、その時の気持ちを思い出し、親孝行なさって下さい。
      私も、コメントを頂き、再度気持ちを強く持ちました。
      積極的に行動して行きたいと思います☆

  • 育ててくれた感謝、一番身近な存在、そしてこれから大切にしないといけない存在であることを感じました。
    大事にします。

    • 本当にそうですよね!
      感謝の気持ちを忘れず、残りの人生を有意義に過ごしてもらえるように、息子として出来ることを行っていきます☆
      ありがとうございました。

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